AI LAB
Sus8システム
2026/10/27
Ciscoが描くAI時代のパートナー戦略――機器販売から継続型サービスへの転換
好調な業績の裏で始まったパートナー戦略の転換
ネットワーク機器を仕入れて顧客に販売し、導入案件が完了すれば売上を計上する――。Cisco Systemsが約30年にわたって開催してきた「Cisco Partner Summit」は、長くこうした販売活動の強化を主題としてきました。しかし、2026年にカナダ・バンクーバーで開かれた会合では、焦点が大きく変わっています。問われたのは製品を何台売るかではなく、単発の取引が中心ではない市場で、パートナー企業がどのように収益を生み続けるかという課題でした。



Ciscoは業績不振から改革を迫られているわけではありません。会場に集まった約2,000社のパートナーに対し、グローバルパートナーセールス担当シニアバイスプレジデントのティム・クーガン氏は、2026年度の受注額のおよそ90%をチャネル経由が占め、グローバルでのチャネル成長率が17%強に達したと説明しました。同社の株価も過去12カ月で50%以上上昇しており、最高経営責任者のチャック・ロビンス氏は2026年度を同社史上最高の年と位置づけています。

それでもCiscoがパートナー制度を組み替えるのは、顧客が求める価値の所在が変わっているからです。AI導入では、ネットワーク機器だけでなく、セキュリティ、可観測性、データ活用、運用自動化を一体として設計する必要があります。商談に影響を与える企業と、契約書上の販売者が同じとは限りません。機器を納品した時点で終わる仕事より、導入後のリスク管理や運用改善を継続する仕事の比重も増えます。

今回の発表を貫く中心線は、販売パートナーを「取引の担い手」から「顧客環境を理解し、継続的に改善するサービス事業者」へ移行させることです。好調な時期に制度を変える動きからは、既存の販売モデルの延長だけではAI時代の収益構造を支えられないというCiscoの認識が読み取れます。
契約を取った企業だけでなく商談への影響も評価
企業のIT投資では、一社の販売会社だけを相手に意思決定するケースばかりではありません。経営課題を整理するコンサルティング会社、技術要件を固めるアドバイザー、業務アプリケーションを開発する企業、実際に製品を販売するリセラーなどが、異なる段階で選定に関わります。Ciscoが示したOmdiaの調査では、顧客は購入までに6~7社のパートナーを頼り、28回の影響機会を経るとされています。



従来型のチャネル制度は、最終的に契約を処理した企業を評価しやすい仕組みでした。これでは、要件定義や製品選定を支援した企業が商談の成立に貢献しても、十分な見返りを得られません。Ciscoが導入する「Ecosystem Deal Registration」は、取引を直接実行しないアドバイザー、コンサルタント、開発会社にも、商談への貢献を正式に認める制度です。当初はマーケティング支援やCisco営業部門との共同プロモーションが中心となり、翌春からは優先アドバイザーと開発会社も紹介インセンティブの対象になる予定です。

評価指標も役割別に整備されます。Ciscoはアドバイザー向けと開発会社向けの「Partner Value Index」を新設し、2027年にはディストリビューター向けの統合指標も用意する計画です。売上額だけでなく、案件の形成やソリューションの完成にどのような価値を提供したかを捉えようとする制度設計といえます。

課題となるのは、利益配分を巡るチャネル間の摩擦です。販売を担当する企業から見れば、自社の報酬が他社へ移されるだけでは受け入れにくいでしょう。Ciscoには、複数社の協業によって商談規模や成約率が高まり、全体の収益機会が増えることを実績で示す責任があります。パートナー側にも、自社だけで案件を囲い込む発想ではなく、顧客企業に影響力を持つ専門家や開発会社を把握し、役割と報酬を早い段階で明確にする姿勢が求められます。
Cisco IQが変える単発売上と継続収益の境界
パートナーの収益モデルに直接影響するのが、顧客のCisco製品環境を可視化し、サポートや運用に活用する「Cisco IQ」です。新たな「Cisco IQ Partner Branded Support Standard」では、パートナーが自社ブランドと自社の専門人材を前面に出しながら、Cisco IQをサービス基盤として提供できます。顧客の導入済み機器を役割に応じて参照できるほか、API、ITサービス管理ツールとの連携、Model Context Protocol(MCP)サーバーも利用可能です。



MCPは、AIモデルやAIエージェントが外部のデータやツールを共通の方法で扱うための接続仕様です。Cisco IQがMCPに対応することで、パートナーは機器情報や運用データをAIサービスにつなぎ、調査や対応の自動化を設計しやすくなります。ただし、Ciscoの名前で顧客へ直接サービスを提供するのではなく、顧客との関係やサービス品質に対する責任はパートナーが担います。Cisco IQは裏側のエンジンという位置づけです。

すでにCisco IQには1万6,000社を超える顧客と、約2,000万台の機器が登録されています。保険大手Generaliでは、1万6,000台を対象とする単一のセキュリティ勧告の影響調査が4日間から10分へ短縮されました。米国のジョージタウン大学でも、従来は更新確認に2カ月かかっていた手作業を、20分で確認できる状態へ変えています。単なる資産台帳ではなく、対応判断に必要な時間を圧縮できる点が価値となります。

Ciscoが示した試算では、75台のスイッチ更新だけを受注する場合の売上は約62万5,000ドルです。Cisco IQで未カバーの機器を発見し、堅牢化支援、更新設計、175台全体のマネージド運用まで提供すると、インセンティブを含む5年間の価値は約130万ドルとなり、単発更新の約2.1倍に達します。同社は顧客一社の利用開始につき2,500ドル、StandardおよびSignatureサポートの案件登録には6%のインセンティブを用意し、Cisco IQ上のマネージドサービスを競う総額100万ドルの「Builders Challenge」も実施します。

ここでCisco IQを保守契約の付属機能として売るだけでは、狙いを十分に生かせません。導入機器の状況を起点に、リスク診断、改善計画、更新、継続運用までを一つのサービスとして設計することが本質です。パートナーにとっては、案件ごとの売上変動を抑え、顧客との接点を更新時期以外にも持てる事業へ移行する機会になります。
脆弱性対応の高速化が迫る段階的なインフラ更新
サポート期限を迎えたネットワーク機器の更新提案は、顧客から「メーカーが新製品を売るための営業」と見られがちでした。ロビンス氏も、過去の最終サポート日を巡る説明には販売促進の側面があったと認めています。状況を変えたのは、脆弱性が見つかってから攻撃に利用されるまでの時間が急速に短くなったことです。



Ciscoが示した数値では、2018年には脆弱性の発見から悪用まで2年以上の猶予がありました。前年には約3週間となり、2026年には8時間以下まで縮まっています。パッチを適用できず、交換部品も入手できない機器を稼働させ続ければ、発見後に対応方法を検討している間にも攻撃を受けるおそれがあります。AIセキュリティを成長機会に挙げたパートナーの割合も、前年の3%から33%へ上昇しました。

Ciscoは対策として「Live Protect」の対象拡大、量子耐性を備えるとするWi-Fi 7アクセスポイント、Teleportの技術を利用した「Privileged Infrastructure Access」を提示しています。後者は、エンジニアやAIエージェントに対し、本人確認と結び付いた短時間だけ有効なアクセス権を発行する仕組みです。恒久的な特権アカウントを広く共有するのではなく、必要な対象へ必要な時間だけ接続させる考え方となります。

AIエージェントが複数の業務システムやインフラを横断して動くとき、共通して接する基盤はネットワークです。そのため、AI活用をアプリケーション側だけの課題として扱うのではなく、通信経路、機器の状態、アクセス権限を含めて管理する必要があります。ただし、Ciscoの新しい企業向け製品群へ更新済みの導入基盤は8%にとどまっており、顧客がすべてを一度に入れ替えることは現実的ではありません。

パートナーに必要なのは、型番を並べた見積書よりも優先順位の説明です。サポートされていない機器を先に特定し、継続利用する機器には堅牢化を施し、修正不能またはサポート終了後の機器を段階的に更新する計画が適しています。予算が不足する場合も、リスクに基づく計画があれば翌年度以降の投資判断につなげられるでしょう。顧客が購入するのは部品番号の一覧ではなく、何を、なぜ、いつ直すべきかという判断材料です。
利益率を左右するフルスタック提案と費用設計
AIインフラ案件では、高性能な計算資源が注目されますが、パートナーの利益が計算機の販売だけで決まるとは限りません。Ciscoの最高財務責任者であるマーク・パターソン氏は、コンピュートを入口にしても、ネットワーク、セキュリティ、Splunk、可観測性を組み合わせたプラットフォーム全体で利益を生み出すという方針を示しました。Splunkはログや各種データを分析し、システムの状態把握やセキュリティ監視に使われる製品群です。



インセンティブもフルスタック型の提案を後押しします。新しいCiscoアーキテクチャへ販売領域を広げる案件には2%のクロスセル加算が設けられ、年間契約額の成長に対する報酬は50%引き上げられます。利用定着に対するインセンティブは倍増し、Supermicro製システムをフルスタックAI基盤の一部として販売する場合には、12%の案件登録報酬が用意されます。クーガン氏はSplunkとの連携が期待より遅れていたことも認め、取り組みを加速させる姿勢を明確にしました。

価格面では、11月7日に予定する値上げをメモリー使用量の多い製品へ絞り、全製品へ一律に適用するものではないと説明しています。また、Cisco Capitalを利用した資金調達では、パートナーの利益が前払いされるため、技術的負債を抱え、一括投資が難しい顧客にも大規模な提案を組み立てやすくなります。製品構成だけでなく、支払い方法まで含めて導入可能性を設計する考え方です。

Ciscoの調査では、パートナーの91%が顧客のAIコストに対する懸念を把握しています。高価な計算資源を売ること自体を目的にすれば、予算上の壁に突き当たるでしょう。どの処理をオンプレミスで実行し、必要な性能や運用範囲をどう抑えるかを設計できれば、その周辺にあるネットワーク、セキュリティ、監視、保守の需要を取り込めます。利益率を高める鍵は値引き幅の調整ではなく、顧客の費用とリスクを一つの設計として扱えるかどうかにあります。
再販事業者からAIサービスの開発者へ
Ciscoは完成済みの製品をパートナーに販売させるだけでなく、AIサービスを構築するための部品も開放します。「Cisco Cloud Control」に追加される「Model Foundry」では、ネットワーク障害調査用の「Deep Network」を含む専用モデルをパートナーが先行利用できます。OpenAI互換APIからモデルを実行でき、顧客データを用いた調整にも対応する計画です。「Cloud Control Studio」では、顧客向けのAIエージェントを構築できます。



ネットワーク製品向けの新しいMCPサーバーも、個別の専用連携を一から開発する負担を減らします。加えて、インターネットやクラウドサービスの到達性を監視する「ThousandEyes」の合成テストが、対象となるWi-Fi 6EおよびWi-Fi 7アクセスポイントへ追加料金なしで組み込まれます。パートナーはこうしたデータとモデルを組み合わせ、障害の予兆検知、調査の自動化、継続監視などを自社サービスとして設計できるでしょう。

チャネル業務そのものにもAIが導入されます。Ciscoは「Partner Experience Platform」を再構築し、商談、見積もり、報酬支払いまでを一つの流れで接続します。ディストリビューターとの初期的なエージェント間連携では、部品表を作成する時間が約80%短縮されました。顧客向けサービスだけでなく、提案や受発注にかかる事務作業も自動化の対象となっています。

ただし、ツールを利用できることと、顧客環境へ安全に導入できることは同じではありません。パートナーからはAIに関する知識不足が縮小する一方、実際に導入する経験の不足が広がっているとの声が報告されています。CiscoはBlack BeltトレーニングやdCloudの実習環境を提供していますが、学習を受講者数だけで評価しても実装力は身につきません。小規模なチームで対象業務を絞り、動くサービスを作り、運用まで検証する取り組みが必要です。

今後の差別化要因は、製品をどれだけ安く再販できるかではなく、Ciscoのデータとモデルから顧客固有のサービスを作れるかに移ります。モデルの調整、エージェントの実装、監視サービスの運営まで担える企業と、ライセンスだけを販売する企業では、顧客に提供できる価値と継続的な接点に差が生まれると考えられます。
日本企業が確認したい導入パートナーの実行力
日本の販売会社やシステムインテグレーターにとって、Ciscoの新制度は製品メニューの追加にとどまりません。営業、保守、セキュリティ、アプリケーション開発を別々の部門で扱っている場合、顧客の導入機器を起点に継続サービスへつなげる責任者が曖昧になりがちです。Cisco IQを導入しても、資産一覧を表示するだけで終われば、単発販売からの転換にはつながらないでしょう。



実行の起点としては、既存顧客のうちBasicサポートにとどまる重要アカウントを洗い出し、Cisco IQの実画面を使ってリスクや未カバー機器を確認する方法があります。StandardとSignatureでは、脆弱性の優先順位付け、先回りしたリスク情報、同業比較、量子技術への対応状況評価など、サービス化しやすい機能が利用できます。上位プランの顧客はネットプロモータースコアが15ポイント高いとCiscoは説明しており、利用継続や更新にも関係する指標として注目できます。

自社に不足する能力をすべて内製化する必要はありません。主要顧客の意思決定に関わるアドバイザー、MerakiやCisco Cloud Control上で開発する独立系ソフトウェア企業、Splunkに詳しい事業者を整理し、案件形成の段階から協業条件を決めることが現実的です。Ecosystem Deal Registrationが機能すれば、専門性の異なる企業が参加しても貢献を記録しやすくなります。顧客に複数の窓口を押し付けないため、全体設計と説明責任を誰が持つかも明確にしておくべきです。

導入企業側は、見積金額や値引き率に加え、パートナーが自社環境をどこまで把握しているかを確認する必要があります。サポート切れ機器の特定、リスク順の改善計画、継続監視の範囲、AIエージェントへ与える権限、障害時の責任分担を具体的に説明できるかが判断材料となります。製品更新を急がせるだけで、優先順位や運用後の姿を示せない提案には注意が必要です。

最初の一歩は、大規模なAI基盤を一括発注することではありません。対象を一つの拠点や業務に絞り、Cisco IQで現状を可視化したうえで、リスク低減に必要な更新と運用サービスを小さく検証する方法が適しています。その結果をもとに費用、作業時間、対応速度を確かめれば、パートナーが単なる販売窓口なのか、継続的な改善を担える事業者なのかを見極めやすくなるでしょう。
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