AI LAB
2026/09/14
Microsoft、Salesforceからの移行をAIで支援する「Dynamics 365 Activate」を公開

Salesforceからの移行で、AIが担う現行環境の把握
営業支援システムを見直したくても、長年追加してきた入力項目や承認フロー、他システムとの連携が分からず、検討が進まないことがあります。Microsoftが公開した「Dynamics 365 Activate」は、こうした移行前の調査をAIで支援し、自社の業務アプリケーション群であるDynamics 365への乗り換えを後押しするツールです。Salesforce環境からの移行に対応するパブリックプレビューとして提供されています。MicrosoftでApps and Agents部門を率いるジェフ・テパー氏は、移行にかかる手作業を減らし、リスクを抑えながら、顧客とパートナー企業の移行を速める包括的なツールと説明しています。ここで注目したいのは、移行先の機能を紹介するだけでなく、移行元を理解する工程にもAIを使う点です。既存環境の複雑さが乗り換えをためらう理由なら、その把握を支援すること自体が顧客獲得の手段になります。
ただし、公開された説明から、あらゆる設定や業務を無条件に自動移行できると受け取るのは早計です。同社が示しているのは、データや業務プロセス、カスタマイズ、依存関係を分析し、移行の判断材料を整える仕組みです。企業にとっての評価軸は、単にデータを速く運べるかだけではありません。これまで調査に費やしていた労力をどこまで減らし、移行後の業務設計に時間を振り向けられるかが焦点になります。現時点では、完成済みの移行方式として採用するより、自社環境で適用範囲を確かめる段階と捉えるのが妥当でしょう。

データの移し替えより難しい、業務の依存関係の整理
CRMは、顧客情報や商談、営業活動などを管理するシステムです。Salesforceはその代表的な提供企業で、Dynamics 365にも同じ領域を担うアプリケーションがあります。同じCRM同士であっても、移行は顧客名や連絡先をコピーするだけでは終わりません。企業ごとに設定した項目や処理が、日常業務の進め方と結び付いているためです。Microsoftによると、Dynamics 365 Activateはデータとエンティティを調べ、関係性や依存関係を特定し、注意が必要なカスタマイズを見つけます。エンティティとは、顧客や商談など、システムが情報を管理する際の対象や単位を指します。何が保存されているかに加え、それぞれがどのようにつながり、どの処理から使われているかを理解することが、移行設計の土台になるわけです。
一般的な例として、商談の状態を変更すると承認処理が動き、その結果が別の業務システムに渡る構成を考えてみましょう。項目だけを移せても、そのつながりが失われれば、担当者の仕事は途中で止まるかもしれません。これは製品の個別機能を示す例ではなく、依存関係の調査が必要になる理由を説明するものです。
同社は、分析によって「何を移すか」「何を変更するか」「何を再設計するか」を、移行開始前に整理できるとしています。企業側には、この三つを分けて評価する姿勢が求められます。AIが出した一覧を移行対象の確定版と扱うのではなく、業務担当者が運用実態と照合するための資料として使うほうが、判断の根拠を明確にできるでしょう。技術的な関係を把握する作業と、その業務を今後も続けるべきかという判断は、別の工程です。

カスタマイズを残すか、簡素化するか、設計し直すか
業務システムの移行では、現在の使い方を忠実に再現したくなります。現場の混乱を抑えるうえで合理的な面はありますが、既存のカスタマイズをすべて持ち込むと、過去の都合で複雑になった仕組みまで引き継ぐ可能性があります。Dynamics 365 Activateが示す分析の価値は、移行対象を洗い出すだけでなく、残すものと見直すものを話し合う材料を作れるかにあります。Microsoftはパートナー向けの説明で、Salesforce環境を素早く評価し、維持する部分、簡素化する部分、AIやエージェントを前提に再設計する部分を判断できるとしています。ここでいうエージェントは、指示や目的に沿って複数の処理を進めるAIの仕組みを指す言葉です。ただし、AIを取り入れること自体が、業務改善を保証するわけではありません。
例えば、独自の承認手順が社内統制のために必要なら、移行後も要件を満たす設計が必要です。反対に、以前の組織体制に合わせて追加した入力項目が今は使われていないなら、廃止を検討する余地があるでしょう。いずれも一般的な検討例であり、ツールが業務上の必要性まで自動で判定できるという意味ではありません。
分析結果を役立てるには、各カスタマイズについて、利用部門、必要な理由、変更した場合の影響を確認することが有効です。技術担当者だけでは判断できない項目もあるため、営業や管理部門の参加が欠かせません。AIによって調査が速くなった場合、その時間を削減効果として見るだけでなく、要件を確かめる時間に回す使い方も考えられます。移行後の扱いやすさを左右するのは、再現できた機能の数より、必要な業務を無理なく続けられる設計かどうかです。

導入パートナーの仕事は、調査から設計へ移るか
Dynamics 365 Activateの主要な対象には、システム導入を支援するMicrosoftのパートナー企業も含まれています。業務システムの移行では、導入を担う企業が現行環境を理解するまでに時間がかかります。顧客が資料を持っていても、その内容と実際の設定が一致しているかは確認が必要です。こうした初期調査を支援する狙いが、今回の製品にはあります。Microsoftは、パートナーが移行リスクや依存関係を早い段階で把握し、システム全体の設計、業種に応じた専門的な対応、業務変更への支援により多くの時間を使えると説明しています。業務変更への支援には、新しい操作方法の周知や、担当者ごとの役割の整理などが含まれます。設定の変換が進んでも、利用者が新しい手順で仕事を進められなければ、移行の目的は果たせません。
この説明を踏まえると、導入支援の価値が、設定を読み解く作業から、分析結果を業務上の判断に結び付ける仕事へ寄っていく可能性があります。ただし、これは市場への影響に関する見方です。今回の情報には、実際に削減できた工数や、移行期間の短縮幅を比較できる実績値は示されていません。効率化の程度は、個別環境で確かめる必要があります。
発注する企業にとっては、見積もりの総額だけでなく、AIの分析結果を誰が検証し、見落としがあった場合にどう対処するかも確認したいところです。調査時間が短くなっても、後工程で修正が増えれば効果は薄れます。パートナーの評価では、ツールを使えることに加え、業務の背景を聞き取り、移行の対象範囲を説明できるかが判断材料になるでしょう。

Salesforceとの競争は、AI機能から乗り換え支援にも拡大
今回の発表は、MicrosoftがAIを既存顧客向けの機能強化だけでなく、競合製品からの移行支援にも使う動きです。業務システムの選定では、機能や利用料を比較しても、移行に必要な調査、再設定、教育の負担が大きければ、現在の製品を使い続ける判断になりがちです。移行前の不確実さを減らせるなら、それ自体が選択肢を見直すきっかけになります。英テクノロジーメディアのThe Registerは、SalesforceのAIプラットフォーム「Agentforce」に対する利用者の反応が振るわないとする二つの報道と、AI関連支出による利益率への圧迫に触れています。そのうえで、MicrosoftがAIを使ってSalesforce顧客の乗り換えを促す構図を皮肉交じりに取り上げています。ただし、こうした報道だけでSalesforceの顧客全体が不満を抱えているとは判断できません。Dynamics 365 Activateによる顧客移行の実績とも区別する必要があります。
企業の選定担当者にとって、AIへの評価とCRM全体への評価は分けて考えるべき論点です。あるAI機能が期待に届かなくても、既存の顧客管理や営業プロセスが要件を満たしていれば、システム全体の移行が適切とは限りません。逆に、運用の複雑さや業務要件とのずれが積み重なっている場合は、移行支援ツールの登場が再検討の機会になるでしょう。
競争の変化として注目できるのは、AIがどの業務を代行するかに加え、他社環境をどこまで理解して移行を支えられるかも訴求点になったことです。実際の優劣を判断するには、機能説明と、自社の環境で得られた検証結果を分けて見る必要があります。

日本企業が試すなら、範囲を絞った移行評価から
Microsoftは、2026年後半からCRMとERPの追加の移行シナリオを提供する方針を示しています。ERPは、会計や購買、在庫などの基幹業務を統合して管理するシステムです。同社は、新しい事業や業務プロセスの立ち上げ、既存製品からの移行、Dynamicsを利用する事業の拡大を、一貫したエージェント活用の導入体験で支える構想を掲げています。ただし、将来の対応計画と、今回公開されたSalesforce向けのプレビューは分けて評価する必要があります。日本企業が検討を始める際は、全社移行を前提にせず、一つの業務領域を選んで現行環境の分析を試す方法が考えられます。例えば、特定部門の商談管理を対象に、利用中のデータ、独自設定、周辺システムとの連携を整理し、AIの分析が社内で把握している実態と一致するかを確認する進め方です。これは活用に向けた提案であり、製品の対応範囲や利用条件を保証するものではありません。
検証で見るべきなのは、分析にかかった時間だけではありません。重要な依存関係を拾えているか、再設計が必要とされた理由を担当者が理解できるか、追加の確認作業がどれだけ残るかも判断材料です。日本語の項目名や独自の承認手順など、自社固有の要素についても、実環境に即して確かめる必要があるでしょう。
移行の判断には、移行先の利用料に加え、再設計、テスト、利用者教育、切り替え時の対応まで含めて考える視点が欠かせません。AIによる調査支援が有効でも、それだけで乗り換え全体の採算が決まるわけではないからです。着手するなら、見直したい業務を一つ選び、現在困っている点と移行後に満たしたい条件を書き出してください。その条件に照らして分析結果を評価することが、プレビューを具体的な意思決定につなげる一歩になります。

