2026/11/03
AIニュース
AIは「使われている」だけでは足りない――Larridinが挑む投資対効果の可視化


3,000万ドルの資金調達が映す企業AIの次の課題
企業が生成AIに投じた予算は、利用者数が増えたという報告だけでは正当化しにくくなっています。経営陣や株主が知りたいのは、AIツールが業務時間の短縮、品質の向上、売上の拡大といった成果にどれだけ結びついたかです。AI導入の測定を手がける米スタートアップのLarridinは、この問いに答えるための事業を拡大すべく、シリーズAで3,000万ドルを調達しました。シリーズAとは、製品の市場適合を確認した企業が、営業や開発の拡大に向けて実施することが多い資金調達ラウンドです。
今回のラウンドはPelion Venturesが主導し、既存投資家のAndreessen HorowitzとGradient Venturesも参加しました。新たにGFT、W23、Thayer、DG Daiwa Ventures、Cougar Capital、Alumni Venturesが加わり、Larridinの累計調達額は4,700万ドルとなっています。同社は調達資金を活用し、市場開拓部門とエンジニアリング部門を拡充する方針です。
資金調達そのもの以上に注目したいのは、投資家が「AIの価値測定」を独立した企業向け市場として捉えている点でしょう。生成AIでは、トークン使用量やAPI利用料が業務量に応じて増えるため、従来の固定ライセンス型ソフトウェアより支出の変動を把握しにくい場合があります。しかも、利用が活発であることと、利益や生産性が向上していることは同じではありません。Pelion VenturesのJeff Kearl氏も、AIへの支出を測定可能な事業成果に結び付ける点を投資理由として挙げています。企業AIの競争軸は、導入の速さから、成果を説明できる管理能力へ移りつつあると考えられます。

利用率92%でも見落とされた予算の集中
AI導入の進捗を確認するとき、多くの企業はライセンス数、ログイン回数、月間利用者数などを参照します。これらはツールが組織に浸透しているかを測るには便利ですが、業務への貢献や費用対効果までは示しません。Larridinの共同創業者兼CEOであるRuss Fradin氏は、こうした従来型の導入指標だけでAI投資を評価する方法には欠陥があると指摘しています。
同社の顧客企業では、社内調査によってエンジニアの92%がAIを利用していることが分かっていました。この数字だけを見れば、導入は順調に進んでいるように映ります。ところがLarridinの仕組みで支出を詳しく調べると、わずか1人のエンジニアが会社全体のAI予算の65%を消費していました。利用者率という集計値の裏側に、極端なコスト集中が隠れていたのです。
ここで問題になるのは、その1人の使い方が不適切だったかどうかではありません。高い支出に見合う成果を生み出していた可能性もありますし、ツールの設定や処理対象の違いによって費用が増えていたことも考えられます。必要なのは、誰がいくら使ったかという情報を、完了した仕事や品質などの成果と組み合わせて判断することです。支出だけを制限すれば有効な活用まで止めかねず、利用率だけを追えば無駄を見逃します。
この事例は、全社平均が実態を覆い隠す危険を示しています。部門、職種、用途、ツールごとに利用量と成果を分け、同じ種類の業務を比較できる状態が求められます。AIガバナンスをアクセス制御や情報漏えい対策だけに限定せず、支出と成果の偏りを発見する仕組みまで含める必要があるでしょう。

コード生成の増加がレビュー待ちを長引かせる構造
AIが生み出した成果物の数が増えても、業務全体の処理能力が上がるとは限りません。Larridinが1,000人を超える開発者を対象にまとめたEngineering AI Impact Reportでは、AI支援によるプルリクエストの割合が4月の35%から9月には62%へ増加しました。プルリクエストとは、開発者が作成したコードを確認し、既存のソフトウェアへ取り込むよう依頼する仕組みです。
コードを作る工程だけを見れば、AI活用は進んでいます。しかし、同じ期間に組織のコードレビュー待ち時間の中央値は50%を超えて増加しました。作成されるコードが増えた結果、人間による確認や修正が追いつかず、下流工程に滞留が生じたとみられます。入口の処理速度を上げても、次の工程の容量が変わらなければ、仕事の完了までの時間は短くなりません。
この構造はソフトウェア開発以外にも当てはめて考えられます。文章作成を高速化しても、法務確認や承認に時間がかかれば公開件数は増えません。問い合わせへの回答案を大量に生成しても、誤りの確認や顧客対応の引き継ぎが増えれば、担当者の負担が別の場所へ移動します。これは特定の導入効果を示す追加データではなく、業務設計上確認すべき一般的な見方です。
したがって、AIの評価単位は生成回数や作業量ではなく、開始から完了までのワークフローに置く必要があります。処理時間、待ち時間、手戻り、品質、人的確認の量を一緒に追えば、AIが作業を減らしたのか、それとも後工程へ移しただけなのかを区別しやすくなります。Fradin氏が強調するのも、出力量だけでなく、コスト、品質、業務上の摩擦を含む全体像です。

導入・生産性・支出をつなぐLarridinの設計
Larridinが提供するのは、AIツールの利用状況を単独で表示する管理画面ではありません。同社がAI価値測定プラットフォームと呼ぶ仕組みは、ツールの導入データ、従業員の生産性指標、支出データを関連付けます。どのツールが使われたかだけでなく、その利用が仕事の完了やコストにどうつながったかを追跡しようとしています。
測定対象には、人間が操作する生成AIだけでなく、利用者に代わって作業を進める自律型AIエージェントも含まれます。AIエージェントは複数の処理を連続して実行できる一方、動作回数が増えればAPI費用やトークン消費も積み上がります。そのため、実行件数だけを見るのではなく、完了した仕事の価値、失敗や再実行に伴う費用、人間による確認の負担まで含めた評価が必要です。
Larridinはワークフロー全体を追うことで、AIが価値を生み出している場所と、支出が成果につながっていない場所を特定できると説明しています。加えて、現在は人間が担っている工程のうち、エージェントによる自動化に適した部分を見つける用途も想定されています。単に利用を監視するのではなく、業務プロセスを再設計するための情報を提供する位置付けです。
もっとも、プラットフォームを導入すれば自動的に投資対効果が判明するわけではありません。企業側が「何を成果とみなすか」を定義し、利用データと業務データを比較可能な形でそろえる必要があります。売上に直結しない社内業務では、処理時間、手戻り、品質、従業員の負担などを代替指標として設定することになるでしょう。測定技術と経営上の評価設計が組み合わさって初めて、AI支出を判断材料へ変えられます。

66倍のコスト差が問い直すAIツールの選び方
Larridinが紹介した顧客事例では、似た業務に使われていた2つのAIコーディングツールを比較したところ、出荷されたコード変更1件当たりのコストに66倍の差が見つかりました。顧客企業は、生産性を落とすことなく高額なツールの契約を解約できたとされています。ここでは月額料金ではなく、実際に完了した成果物を分母にしたことで、ツール間の差が明確になりました。
AI製品の調達では、モデルの性能評価、利用者の好み、ライセンス単価が比較されがちです。しかし、安価な製品でも修正や再作業が増えれば成果単価は上昇します。反対に、利用料が高くても高品質な成果を短時間で完成させられるなら、全体では有利になる場合があります。ツールの価格と業務の総コストを分けて捉えなければ、適切な比較にはなりません。
成果単価を使う際にも注意が要ります。難易度の異なる仕事を同列に扱ったり、短期的な件数だけで品質を無視したりすると、現場が簡単な案件を優先するなどのゆがみが生じかねません。比較対象となる業務条件をそろえ、レビュー負荷、障害、手戻りといった品質面も合わせて確認する必要があります。Larridinの事例が示しているのは、常に安価なツールを選ぶべきだという結論ではなく、購入価格から成果ベースの評価へ切り替えられる可能性です。
同社の顧客には、オンライン調査サービスのSurveyMonkey、デジタルインフラ関連企業のVertiv、マーケティング基盤を提供するKlaviyo、顧客成功管理を手がけるGainsightなどが含まれます。異なる業種で関心が集まっていることからも、AIの成果測定は開発部門だけの課題ではありません。財務、調達、IT、現場部門が共通の評価軸を持てるかどうかが、契約の継続や見直しを左右するでしょう。

経営指標を利用量から業務成果へ広げる方法
企業がAI投資を管理する際は、単一のROIだけを算出しようとするより、利用、コスト、成果、摩擦の四つを階層的に確認する方が実態を捉えやすくなります。売上への寄与を直接測れる用途もありますが、社内業務では複数の要因が絡むため、AIだけの効果を切り出せないケースも少なくありません。その場合は、業務完了までの時間や手戻り率など、成果に近い指標を設定します。
| 評価層 | 確認する項目 | 主な判断目的 |
| --- | --- | --- |
| 利用 | 利用者、利用頻度、対象業務 | 導入が現場へ届いているか |
| コスト | ライセンス、トークン、API、確認作業 | 支出がどこに集中しているか |
| 成果 | 完了件数、処理時間、品質、手戻り | 業務成果が改善しているか |
| 摩擦 | 待ち時間、承認負荷、再実行、例外対応 | 負担が別工程へ移っていないか |
利用指標は不要になるわけではありません。利用が少なければ、教育不足、対象業務との不適合、アクセス上の問題などを調べる出発点になります。ただし、利用率の上昇を最終成果として扱わず、その先にある業務指標へ接続することが欠かせません。92%という利用率と65%の予算集中が併存した事例は、二つの層を分けて見る必要性を端的に示しています。
指標を設計するときは、改善したい業務を先に決め、その業務の開始点と完了点を明確にします。開発業務ならコードの生成数ではなく、レビューと検証を経て出荷された変更までを見るという考え方です。施策の実施前後を同じ条件で比較し、ツールを使わない業務との違いも確認できれば、判断の確度を高められます。
経営会議へ報告する際には、全社平均だけでなく分布や例外も示す必要があります。少数の高額利用者が成果を生み出しているのか、設定ミスや重複契約で費用が膨らんでいるのかによって、取るべき対応は異なるからです。平均値、成果単価、品質、ボトルネックを同じ画面で確認できる状態が、AI支出を説明可能にする基盤となります。

日本企業が着手できる小規模な価値検証
AIの価値測定を始めるために、全社のデータを最初から統合する必要はありません。対象業務を一つに絞り、利用開始から成果物の完成までを追跡する方が、指標の不足やデータ連携上の問題を発見しやすくなります。候補としては、処理の開始と終了が明確で、一定の件数があり、品質確認の工程を特定できる業務が向いているでしょう。
検証を始める前に、現状の処理時間、費用、手戻り、待ち時間を記録します。そのうえでAIツールを導入し、同じ定義で数値を取り直します。生成件数だけが増え、承認待ちや修正が増えているなら、対象工程の拡大を急ぐべきではありません。反対に、品質を維持したまま完了時間や成果単価が改善しているなら、適用範囲を広げる根拠になります。
実務では、現場部門だけに測定を任せないことも大切です。現場は業務品質を判断できますが、契約全体の費用やAPI支出を把握できない場合があります。IT部門は利用状況を確認できても、成果物の価値までは評価できないかもしれません。財務や調達を含め、それぞれが持つデータを同じ業務単位へ結び付ける体制が必要です。監視を強めることが目的ではないと明確にし、個人評価ではなくプロセス改善に使う方針も共有すべきでしょう。
最初の一歩として、現在契約しているAIツールを一つ選び、過去1カ月程度の利用量、総費用、完成した成果物、確認に要した時間を並べてみる方法があります。期間の長さは業務量に応じて調整が必要ですが、少なくとも支出と完了成果を同じ単位で見られる状態を作れます。Larridinの資金調達が示す市場の関心も、AIを導入すること自体ではなく、その価値を継続的に証明する仕組みへ向かっています。次の契約更新を迎える前に、利用率の報告を成果単価とワークフローの確認へ広げられるかが、企業にとって具体的な検討課題になります。

